旧くらしケア代表のブログ(noteに引越しました)

障害者の親なきあと問題の解消を目的に株式会社くらしケアを設立。精神障害者の地域包括ケアなど、精神科訪問看護を軸に総合的な支援を展開しています。最終的な目標は誰もが暮らしやすい偏見のない社会の実現と、途方もないことを思ってます。大腿義足ユーザー、がんサバイバーでもあります。 メッセージボードもご覧ください!

カテゴリ: 日記

二日酔いの朝(昼)を迎えております。

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昨日はくらしケアの忘年会でした。

幹事の係長をはじめ、準備にあたってくれた皆さんは本当にご苦労さまでした。

今回は座る席をクジ引きで決めるのも新しかったけど、こんなふうに色々と考えてくれてるんだと思えて嬉しかったです。

そして皆んなが楽しそうで良かったです。

(昨日は始めからかなり酔ってしまい、迷惑をかけたと思う。申し訳なかったです。。)

今年も忘年会ができた事に感謝。

ありがとう。














ブログはいつも仕事が終わってから自宅で書いています。

現在8時10分。いつも「なに書けばいいだろうか・・・」と悩みながら書き終わるのは10時〜11時といった感じ。

別に毎日書かなくても良いんだけど、習慣化したのか書かないと気持ち悪い。

夜中に目が覚めたときなどは、書き直すこともあるくらい。

これが良いのか悪いのかわからないけれど、こんなブログでも読んでくださる方がいるうちは書き続けようと思います。

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今日は土曜日。

お休みの方も多いと思いますので仕事の話は抜きにします。


先日の認知行動療法の研修で、講師の方が最後の挨拶でBGMに使ったのがTEARS(XJAPANの曲)でした。

私がXJAPANのファンなので講師が気を遣ってくれたようにも思いましたが、とりわけTEARSはこの世に存在する曲の中でもっとも好きな曲なので感激しました。

TEARSの「TEAR」は「涙」の意味です。


この曲はXJAPANのリーダーYOSHIKIさんが、亡き父を思い書いた曲。

知っている人も増えていますが、YOSHIKIさんのお父さんは、YOSHIKIさんが10歳のときに自殺でこの世を去っています。

自殺の理由は分かっておらず、いまも謎のまま。

最愛の父が突然この世を去り、そこから始まった長い苦しみの中から生まれたのがTEARSでした。

私はXJAPANのファンを30年以上続けていますが、YOSHIKIさんの父親が自殺で他界したことを知ったのはいまから10年ほど前。

長い間ファンを続けていたのに、そのことをまったく知らなかったですし、初めて知ったとき、YOSHIKIさんの創る曲の激しさや切なさなどのエモーショナルな印象はその原体験から来ていることに気づき、ハッとしたことを覚えています。



NHK紅白歌合戦で歌われたTEARS。歌詞も原曲とは異なりますが、ことあと現在の曲となり正式にリリースされた。


悲しい曲ですが、どことなく希望を感じさせるような曲に聞こえるのは私だけでしょうか。

初めてTEARSを聞いたのは1993年。
私は24〜25歳のときです。

このころはようやく正社員の仕事に就くことができ、賃貸不動産営業マンとして働き出したころ。

本格的に自立を目指した時期と重なる時期で、XJAPANの他の曲と合わせてTEARSもいつも聞いていましたね。

ということで、今日のブログはこんな感じでごめんなさい。

良い週末を!

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X JAPAN Tears (日本語訳詞)


何処に行けばいい 貴方と離れて
今は過ぎ去った時流に問い掛けて
長すぎた夜に旅立ちを夢見た
異国の空見つめて孤独を抱きしめた
流れる涙を時の風に重ねて
終わらない貴方の吐息を感じて
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて)
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて...)
 
LONELINESS (孤独...)
YOUR SILENT WHISPER   
FILLS A RIVER OF TEARS
THROUGH THE NIGHT (貴方の静かな囁きが、夜を通して涙の川を埋め尽くす)
 
MEMORY ((父との)思い出...)
YOU NEVER LET ME CRY (貴方が決して私を泣かせなかった事....)
AND YOU, YOU NEVER SAID GOOD-BYE (そして… 貴方が決して別れを言わなかった事)
 
SOMETIMES OUR TEARS BLINDED THE LOVE (時には涙で愛が見えなくなった)
WE LOST OUR DREAMS ALONG THE WAY (生きてく道の途中で夢を失った…)
BUT I NEVER THOUGHT YOU'D TRADE YOUR
SOUL TO THE FATES (だけど決して思わなかった…貴方が魂と運命(死)を引き換えたなんて…)
NEVER THOUGHT YOU'D TRADE YOUR
SOUL TO THE FATES
NEVER THOUGHT YOU'D LEAVE ME ALONE (決して思わなかった…貴方が私を独りにしたなんて…)

TIME THROUGH THE RAIN HASSET ME FREE (雨を通り抜け時間が私を自由にした)
SANDS OF TIME WILL KEEP YOUR MEMORY (時の砂が貴方の思い出を留める…)
LOVE EVERLASTING FADES AWAY  (愛は永遠に色褪せない…)
ALIVE WITHIN YOUR BEATLESS HEART (貴方の止まった胸の鼓動の中で(私の愛は)ずっと生き続ける…)
DRY YOUR TEARS WITH LOVE  (愛で涙を拭いて)
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて...)
 
流れる涙を時 時代の風に重ねて
終わらない悲しみを 青い薔薇に変えて
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて)
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて...)
流れる涙を時の風に重ねて
終わらない貴方の吐息を感じて
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて)
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて)
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて)
DRY YOUR TEARS WITH LOVE (愛で涙を拭いて......)
 
If you could have told me everything(もし私にすべてを打ち明けれたのなら)
You would have found what love is  (貴方は愛とは何か見つけられただろうに…)
If you could have told me what was on your mind (もし貴方が心に思う事を話せていたなら)
I would have shown you the way   (貴方に進む道を示せたのに…)
Someday I'm gonna be older than you  (いつの日か私は貴方より年を重ねる事になる)
I've never thought beyond that time  (その時を超えてからのことは考えれなかった...)
I've never imagined the pictures of that life (自分の生きてる絵姿を思い描けれなかった...)
Fou now I will try to live for you and for me  (今わたしは、生きて行こうと思う。貴方の為に....そして自分の為に…)
I will try to live with love, with dreams, (僕は生きていくよ。愛と共に..夢と共に)
and forever with tears   (そして永遠に… 涙と共に...)
 
引用元:https://blogs.yahoo.co.jp/ferrets_violet_xx/18226452.html








昨日の日曜日は、出会いと学びの一日を過ごしました。

まずはピア活あいち2018に参加。会場はくらしケアの名古屋支部(名古屋市千種区)から2キロくらいの場所にあるホテル ルブラ王山で、昨年の初参加に続き、2回めの参加となります。

ピア活あいちはメンタルに問題を抱えながらもピア活動をする方たちが中心となって開催するイベント。キリンビールで有名なキリン財団の支援を受けて開催されています。

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※ピア活あいちは写真NGなのでリーフレットを掲載。

しかし今回は参加しやすかった。なぜならこれまでいろんな場所へ出向いてきたり、いろんな方々とご縁を作ってきたおかげで、知り合いがたくさん居たから。

例えば愛知県精神障害者家族会連合会の役員の方々や、愛知県内各地の自助グループの方々、精神障害当事者の方たちなどが居て、皆さん顔を覚えててくれています。(私の見た目が特徴的だから良くも悪くも覚えやすい?)

初参加のときのような緊張を感じることは無くて、居心地の良さを感じるほどでした。

新しい出会いがありましたし、名古屋へ出ていくうえでも自信が深まりましたね。


次に場所を岐阜県羽島市に移して岐阜県小児在宅医療研究会に参加。

第9回めとなる今回も興味深いコンテンツが多く、たいへん参考になりました。

岐阜県下の重症心身障害児や医療的ケア児に関わる支援者なら時間を作ってでも参加しておきたい内容ばかりです。

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※総合在宅医療クリニックのプロデューサーが登壇。

ウチは医療的ケア児の支援施設(ここぱーく)を運営していますが、この研究会に参加したことで新しい気付きがありました。

こうしたイベントに参加することで知らなかったことや、新しい発見を得るから、参加して良かったと思いますね。

私たちは有資格者は、利用者の方たちのために存在しているから、常に新しい知識を取り入れていくことは絶対に必要だとあらためて感じます。

ということで、ご縁と学びの多いとても有意義な休日でした。


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昨日の仕事帰り。

コンビニのレジで順番待ちしてたら2本の焼き鳥が目に入り、晩ごはんに買っていこうと決めました。

隣のレジが空いたのでそちらに移ろうと思った束の間、あとから来たサラリーマン風の男性に並ばれてしまいました。

そして次の瞬間、まさかの出来事が…

「焼き鳥2本ください」

男性に最後の焼き鳥を持っていかれたのでした。

どうでもよい話ですね。。


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さて、気を取り直して今日のブログです。

先日、岐阜で開催された講演会で、講師の話を聞いたときに感じたことなど書いてみます。

その講師は漫画家として活躍する50歳くらいの女性。その方のご主人が高次脳機能障害という障害を持つ方で、ご主人が病気で障害を持ってしまい、家族が直面した苦労から現在まで回復した様子を聞かせていただきましたが、全体を通して聞き手がポジティブになれるとても良い話でした。

この講師はこれまでにいろいろあった末の苦労を乗り越えて、数年たった現在は講演活動をしている方ということになりますが、そんな苦労のバックグラウンドを持つ方というのは少なくないような気がします。

そんな方の講演を聞いて思うのは、講演に立つほどの回復を見せる人がいる一方、そうならずにどんどん落ちていく人がいるのはなぜだろうということでした。

世間には強者と弱者という言葉がありますが、障害者にも強者と弱者が存在します。

例えば五体不満足で有名な乙武洋匡さんは強者に見えますが、障害があっても活躍している人はたくさんいる一方で、大変な日々を送る障害者ご家族もいますが、この違いはどこから来ているのだろうかと思うのです。

ここからはあくまで私の考えですが、結局のところは考え方の違いが未来に大きく影響している気がしています。

起きた不幸を嘆くのではなくできるだけ前向きに捉える。現状は現状で受け入れて目の間で起きたことを肯定したうえで未来を考え行動するなど、思考をできるだけポジティブに切り替えたかの違いなんじゃないかと。

障害を持つ人やその家族は、その現実に焦点を当てれば大変に見えますが、大変な分、少しでも前向きに努力したりポジティブな行動を取ると周囲は好意的に見てくれることが多い。

その結果、誰かに勇気を与えたり、誰かの生きる力に繋げることができる存在になり得ます。

たとえいま大変な思いをしていても、その大変な思いを前向きな思いに変換し、自分以外の大変な思いをしながら苦しんでいる人のために語る。すると共感だったり希望を与えたりすることは、実はけっこうあるような気がするのです。

ということは、強者と弱者の差って、自己開示する勇気と発信手段が鍵になっているのではないかと思うのです。

つまり一見、弱者に見える人にも、考え方ひとつで強者になれる可能性があるんじゃないかと。


私は、世の中で起きることにムダなことはないと思うし、起きたことはすべて意味があると考えていますが、起きた不幸を嘆くより、気持ちを切り替えて前向きに生きようとする覚悟が持てたなら、弱者は弱者でなくなると思います。

今日のブログ、言いたいことがうまく伝わらないかもしれませんが、そんなことを思いました。


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小さい頃、何に夢中だったでしょうか?


私は音楽に夢中でしたね。

3歳くらいからポータブルレコードプレイヤーで好きなレコードを聴いてました。

若い人にレコードって伝わるかな?(笑)

現代の3歳だとアニメやアンパンマンあたりのテーマソングにハマると思うのですが、私が聴いていたのはロックや歌謡曲でした。

アホみたいに繰り返し聴いていたのは、ショッキングブルーとうバンドの曲。

悲しき鉄道員という邦訳のタイトルがついた曲をいつも聴いていたようです。

ショッキングブルーといえばヴィーナスが有名ですね。


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土曜日の午後はラジオから流れるヒットチャート番組が楽しみでした。

当時通っていた小学校は土曜は午後休み。

沢田研二や西城秀樹、ピンクレディー、ゴダイゴ、久保田早紀、クリスタルキング、シャネルズ、さだまさし、オフコース、田原俊彦、近藤真彦、松田聖子・・・急いで家に帰ってラジオの前でワクワクしながら聴いていたことを思い出します。


中学時代は徐々にロックに傾倒していきました。
男子の間では横浜銀蝿、嶋大輔が流行ってたっけ。

嶋大輔といえば彼の代表曲「男の勲章」がテレビドラマで復活したそうですね。


次にアルフィーへと興味が移りましたが、同時に日本のロックがモノ足らなくなり、ビートルズやレッドツェッペリン、ストレイ・キャッツといった洋楽バンドの存在をクラスメイトに教えてもらって聴くようになりました。

ギターを始めたのもこの頃で、ハードロックやヘヴィメタルといったジャンルにも興味を持つようになりました。

高校に入るとロックも濃いサウンドを追求するようになり、スナイパー、ラウドネス、アースシェイカー、アンセムといった邦楽バンドや、メタリカ、イングヴェイマルムスティーン、ゲイリームーアなどの洋楽を好むようになり、曲に合わせてギターを弾く(いわゆる耳コピ)ようなことも始めていました。

この頃に思い描いていた将来の夢はロックギタリスト(笑)

当の私はけっこう大マジメに考えていて、高校を出たら東京へ行こうと本気で考えていて。
学校へ行っている以外の時間は気の合う友人らと音楽(ロック)に費やしているほどでしたから。

結局、病気になったことで夢はあきらめることになるのですが・・・そのあと知ったのがエックス(XJAPAN)でした。

XJAPANはまだデビュー前でしたが、いままで聴いてきたバンドとはスタンスが異なって見えました。
というのも見えない壁を破るとか、音楽業界の常識を壊そうとか、そうした意志の強さが垣間見えたのです。

当時の私はいわゆる「5年生存率」の真っただ中。この先どうやって生きていけば良いのかと、どん底の落ちこんでいた時期と重なったこともあり、彼らの活躍にはとても勇気づけられました。


振り返ってみればずっと音楽好き。音楽を聴くことはいまも変わらないですね。

気分を上げたいときのロックやヘヴィメタルは欠かせないし、カラオケでは昭和歌謡が大好物です(笑)


ということで、小さい頃に夢中だったもの(大きくなっても夢中のままですが・・・)を書いてみました。

あなたは小さい頃、何に夢中でしたか?



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人生にはいろいろなことが起こります。

できれば毎日楽しく苦労せず過ごしていきたいけれど、そうはいかないもの。

私はつらい思いをして悩んでいるとき、そのつらさに向き合えない人間でした。

でもいつの日からか、意識したことでつらい思いをポジティブに変換できるようになりました。

それは「目の前で起きていることにはすべて意味がある」と考えるクセをつけたことです。

良いことも悪いことも、すべて意味があると考えるようにした。

始めのうちはなかなか気持ちを切り替えられませんでしたが、小さなことでも「これは絶対に意味がある」とブツブツいいながら気持ちを切り替えるようにしました。

慣れてくるとどんな出来事でも意味があると捉えられるようになりましたし、情況が変化するたび、それにつれて喜んだり心配したりせず、まさに一喜一憂しなくなり、心が安定するようになりました。

例えば運転中、急いでいるのにやたら信号が赤に変わったり、前をゆく車がやたら遅いとイライラしがちですが、これも「意味がある」と考えてみる。

そう考えるだけで事故するリスクは減る。
ひょっとしたら急いだ先に事故が待っているかも知れませんから。

そう思えばイライラも感謝に変換することができます。


私の人生でもっとも大きな出来事は病気で右脚をなくしたことですが、起きた不幸を嘆き続けていたらいまの人生にはなっていないでしょう。

他の人とはずいぶん違う体験をしたけれど、あのとき起きた出来事には意味があったと思えたからこそ今があると思いますし、そう思えたからこそ道が拓けたのだと思います。


だから苦労やつらい出来事があっても大丈夫。
きっと意味があるから大丈夫なのです。



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昨日は認知行動療法の集合研修でした。

連続して開催した研修もあと1回で終わってしまうと思うと寂しい限りですが、新しい職員も増えているから近藤講師の講義は来年以降も定期的にお願いしたいと強く思ってます。

研修終了後は近藤講師と職員とでランチタイム。

目的は、研修の振り返りや講義中に聞けないことを質問したりと食事しながらざっくばらんに語る時間にしたいから。

講師の都合がつく限り行っています。

ただ、毎回そうですが、このランチに参加したい人を募ってもなかなか手は挙がらない。

遠慮しているのかもしれないけれどね。

まぁ、ここまでは想像通り。

であるなら参加者を指名してでも参加して欲しいと思い、無理を云って参加してもらうことにした。

なぜなら絶対に良い時間になると信じてるから。そう確信するからこそ参加して欲しいと考えたからです。

一見ただのランチだけど、意味を持たせたいから、されどランチなのです。


これは結局、私のわがままなのかも知れませんが…

でも、くらしケアの要となるべき人にはどうしても参加して欲しいし、期待しているからこそあえて声をかけた。

そうした思いを意気に感じてくれたらうれしいね。


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おとうさん(おかあさん)は、何のために働いているの?



自分の子どもにそう聞かれたら、あなたは何と答えますか?


※お子さんがいない方は、ご家族や親戚の方、恋人など「大切な人」に置き換えて考えてみてください。


さて、どんな答えを用意したでしょうか。


生活のため?

家賃や住宅ローンを払うため?

子どもの学費を稼ぐため?

美味しいものを食べるため?

旅行に行くため?


こんな答えを思いつくかもしれませんね。


もちろん、これ自体は決して間違いではありません。


でも、子どもにそんなふうに答えたら、あなたの子どもはどう感じるでしょう。

「大人になること」に夢や希望は持てるでしょうか。




普段、子どもにどんな言葉をかけているでしょうか。


勉強しなさい。

頑張りなさい。

夢を持ちなさい。


そう声をかけていませんか?

そんなふうに云うのも「親ごころ」というか、大切なわが子を思って発していると思います。



ではお伺いします。

しかし肝心のあなた自身はどうでしょうか。


勉強していますか?

誰よりも努力していますか?

夢を持っていますか?(実現させていますか?)


どうでしょうか。



子どもは親を見て育ちます。

であれば、生き生きと仕事をしている親を見たいでしょう。

働くことの意味や意義を持って働いている親の背中を見せたほうが、子どもは大人になることに夢を持つのではないでしょうか。

そんなふうに思います。



最後に、有名な一節をご紹介したいと思います。

 

「NASAの清掃員」という話です。


聞いたことのある方は多いと思いますが、いまいちど読んでいただけたらと思います。


NASAの清掃員は自身の仕事について聞かれたときに、何と答えたか。


「ゴミを片づけるために働いている」

「綺麗にするために働いている」

「環境を整えるために働いている」


と答えたのでしょうか。








答えは違います。


「私は掃除を通じて人類を月に送ることに貢献している」

その清掃員はこのように答えたそうです。



さて。あなたは何のために働いていますか?


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タイトルに釣られてブログを見に来たあなた。

お疲れさまです(笑)



という冗談は置いといて。

昨日は若い起業家でiOSエンジニアの方と面談していました。


実は私、障害福祉をテクノロジーでより良くできないかと考えています。

具体的にはインターネットやアプリで家族会の情報交換を支援したり、ピア活動で障害者が食べていける仕組みをつくろうと考えていて、若きエンジニアのとくらしケアのビジョンの共有をしてました。


そのエンジニアはYさんと言います。

彼は岐阜工業高校の出身で、現在は岐阜工業高校の学生にプログラミングの指導をしているような方ですが、彼から岐阜工業高校の「今」を聞かせていただき、もはや私の知る岐阜工業高校とは180度変わっていることに気づきました。

というのも、現在の岐阜工業高校は、文部科学省からスーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(SPH)の指定を受けていて、いかにも優秀な学生が通うイメージ。

大学・研究機関・企業等と連携して社会の第一線で活躍できる専門的職業人を育成することを目的とした事業を行うような教育に取り組んでいるそうです。


実は私も元:岐阜工業高校の生徒でした。

といっても足の病気が原因で1年生で中退してしまいましたが…

私の知る岐阜工業高校のイメージは笠工(かさこう)の愛称で呼ばれ、校風はビー・バップ・ハイスクール(BBH)を地で行くようなイメージしか記憶に残っていないので、ものすごいギャップを感じます。


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※画像はネットでお借りしました。


それって当時の私が「在籍していたクラスだけ」という説がありますが・・・記事にはとても表現できないとんでもないクラスでした。



記憶ではビー・バップ・ハイスクール(BBH)でしかなかった高校が、いまでは文部科学省も認めるスーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(SPH)に進化していたのです。

私の時代はほぼ男しかいない学校でしたが、いまは共学。工業高校も変わりましたね。

で、話を戻すと、エンジニアYさんによれば、現在の笠工、もとい岐阜工業高校は、未来のエンジニアを志望して学んでいる学生がたくさんいるようですから、くらしケアと学生との協業もありえるかもしれません。

BBHしか知らない私がSPHを知り、障害福祉をテクノロジーで変えていく・・・・おもしろいことになるかも。


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子どもや家族が病気になれば、病院を受診させることを考えるよね。

ところで受診予定の病院はどんな基準で選んだでしょうか。

家から近い、評判が良い、といった基準もあるだろうし、過去にたまたま受診したらドクターが親切だった、看護師の対応がとても良かった、というのもあると思う。

逆に、ヤブ医者だと評判が立つような医療機関にかかりたいとは思わない。

誰だって良い医療機関にかかりたいし、感じの良いスタッフや腕の良いドクターに診てもらいたいと思うものです。

ひるがえって自分の仕事やサービスはどうだろう。

家族に自信を持って勧められるだろうか。


「自信を持って勧められる」

そう答えられるなら素晴らしいと思う。



でも、自信を持って勧められない場合は?

もしそう思うなら問題は自分自身にあると考えたほうがいい。


お客様のために日々学んでいるか。

古い知識でサービスを提供すると、相手の方に失礼どころか不幸にしかねない場合がある。

これだけ変化の速い時代を生きている以上、なおさらです。


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とりわけ専門性の高いサービスを提供しているなら、お客様やご利用者様は、資格や免許を信用しています。

「プロだから」という前提があるから成り立っています。


最後にもう一度聞いてブログを終わります。

「あなたが提供するサービスは、子どもや家族に自信を持って勧められるだろうか」





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