旧くらしケア代表のブログ(noteに引越しました)

障害者の親なきあと問題の解消を目的に株式会社くらしケアを設立。精神障害者の地域包括ケアなど、精神科訪問看護を軸に総合的な支援を展開しています。最終的な目標は誰もが暮らしやすい偏見のない社会の実現と、途方もないことを思ってます。大腿義足ユーザー、がんサバイバーでもあります。 メッセージボードもご覧ください!

カテゴリ: 当事者目線


尊敬し、ベンチマークしている社長に教わったことを書きます。


「決断」についてです。


決断とは「決めて断つ」と書きますが、その意味は「退路を断つ」ということです。

ダメだった場合のことを考えて保険を掛けることは決断とは言わないということ。

もう後がないという状態を「自ら作ること」が決断ということです。


人の心を動かしたいなら完全に退路を断つ覚悟でやらなければ人の心は決して動かせない。

そう思います。


「徐々に」はない。

やると決めたら一気にやる。


公言して必ずやりきるのが決断だということです。


例えば、愛する女性を幸せにしたいなら、絶対に幸せにする決断が必要です。

口だけならなんとでも言える。

でもそれは決断ではありません。


本気で幸せにすると決めたなら幸せにする決断をすべき。

決断は覚悟とも言い換えれます。

覚悟は言い訳無用の精神。

決断にはそうした精神が必要だと思っています。

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よくよく考えると、両親が「どんな思い」で人生を送ってきたのかを知るための情報はほとんどないことに気付く。

日記でも書いてくれたら別ですが、あいにくそのようなものは存在しない。


強いていえば、古い写真でしょうか。

日常の一部を切り取った色あせた静止画で読み取れる程度。しかしそれはあくまで想像の域でしかありません。



私の両親は自営業でした。

仕事場と自宅は兼ねていたので、学校から帰ったときに感じる空気感はいつも同じではありませんでした。

忙しそうだなとか、ひまそうだなとか。ケンカになってるとか。

あるいは取引先とのトラブルがあったのかな、とか。

感じる空気はあるけれど、そのときの「思い」まではわかりません。



私が学齢期に病気が原因で入院していた時期、弟たち家族は家でつらい思いをしてたと思う。

ある日突然、兄の私が入院したことで母親は付きっきりになった。

あのころは完全看護などではなかったから、裕福な入院患者は家政婦を雇い、そうでなければ家族が付き添うのがあたり前です。

日々の食事や掃除洗濯の担い手が居なくなれば、家族の誰かが補わなければなりません。

当時の私は16歳。父親は37歳。次男は14歳で、三男は11歳。

年齢からしてすごく大変だったハズだけど、どんな思いで過ごしていたのかが分かる情報はない。

父に関してはすでに他界しているので、父が日々どんな思いで過ごしていたのかは、もはや知る由もありません。


と、長くなりましたがここから本題です。

何を言いたいかというと、いまの時代はブログやソーシャルメディア等で発信することで、その時々の思いを残せる。

私たちはそんな時代を生きているということです。

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例えば、誰かが書いた闘病ブログにたどり着いて、興味深く読んでいくと、ブログを書いたその人はもうこの世に居なかったということがある。

これってブログというツールがなければ見ず知らずのその人の闘病記を知ることは決してなかったはずです。

あるいは友人がブログやソーシャルメディアに投稿していたことを、ずいぶんあとから知ったとき、「あいつはそんな思いで過ごしてたのか」とか「ぜんぜん知らなかったけど頑張ってたんだな」とか。

以外な情報に触れて見直すことがあります。


インターネットを使って誰でも自由に発信できる時代は、そんなことが可能になったということです。

あなたがどんなふうに生きていたのか、どんな思いで過ごしていたのかが残せる時代を生きているということなのです。


いつか子どもたちが、たまたま私の書いたブログを見て何かを感じるのか、あるいは私があの世へ逝ったあと、私が生前、どんな関係性のなかで過ごしていたのかを知るかもしれません。

どんな夢や目標があったのか、周りとの関係は、仲間は、友だちは、人に感謝されていたのか、そうでなかったのか、苦労はあったのか、どう乗り越えたのか、日々どんなふうに過ごしていたのか・・・


いまこうして書いているブログや発信が、将来、誰かの目に触れたとき、良くも悪くも何かを感じかもしれません。


私は会社員を経て経営者を目指しましたが、その経緯や思いはいつか目に留まるかもしれない。

あなたが看護師なら、なぜ看護師を選んだのか。どんな看護をしていたのかが発信を通じて伝わるかもしれません。

他の職業の方なら、なぜその仕事を選んだのかなど、普段は決して目にすることのない姿や思いも発信で残すことができる時代を生きています。


もちろん発信するしないは個人の自由。

だけど発信して記録を残しておけば、家族や親戚、知人友人、あるいは見知らぬ人に何かを伝えることができるかもしれないし、一生懸命な様子、頑張っている様子に影響を受け、「よしっ、私も頑張ろう!」と良い影響を与えることもあり得ます。

大切な誰かにメッセージを残せる発信という行為は、決して悪くないと思います。



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昨晩は名古屋のお店で上場企業の社長と食事をご一緒させていただきました。

その社長は東京都渋谷区に本社のあるIT企業の社長で、ひょんなことからいただいたご縁。

いろいろとお話させていただくなかで、上場企業ともなると、我々のような中小企業では想像もつかないようなご苦労があるのかなと思いきやそうでもなく、経営の基本は上場・非上場に関わらず同じであり、やるべきことをキチンとやることが大切なんだということを教えていただきました。

私の中期目標は会社を上場させること。

でも、果たしてスタッフがその意味や意義をどれだけ理解しているのかはわからない。

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※上場のセレモニーの鐘を鳴らす写真。最大5人まで鐘を鳴らすことができます。
 くらしケアがいつか上場したら、苦楽をともにしたスタッフとともにこの鐘を鳴らすのがボクの夢です。



拠点を増やそうとすることに疑問を感じているかもしれないし、組織が大きくなるにつれて起きる課題も増えるかもしれない。

それでも上場することでスタッフの物心両面をハッピーにできると信じたいし、上場はそのための手段の一つだと思うから、たとえ今この時点理解されなくても自分が信じてやりたいことをやるべきだと。

「人生は一度きり。後悔しないよう信じた道を突き進むべし。」

そんな教えをいただきました。


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ある対談記事を引用して書き始めたいと思います。

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下の写真は1900年に撮影されたニューヨーク5番街の様子。

この街で初めて自動車が公道を走った時のニュース写真ですが、とはいえこのころ道路を走っているのはほとんどが馬車です。
(赤い丸が自動車)

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引用元 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NewYorkCityOstersonntag1900.jpg?uselang=ja



次に、1913年に撮られた同じ場所の写真ですが、もはや馬車などまったく見当たりません。

たった13年で馬車が消滅し、ほとんど自動車に置き換わってしまったのです。

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引用元:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:NewYorkCityOstersonntag1900.jpg?uselang=ja


このように時代はいとも簡単に変わる。

当時は移動の動力源が変われば仕事も大きく変わったでしょう。

高く売れる馬を飼育するとか、良質な馬の餌を売るなど馬を中心とした仕事があったはず。

でも自動車が普及したらそうした仕事は確実に無くなっていくのです。

岐阜のアパレル産業が衰退したのもあっという間ですが、変化に順応できないと淘汰されるのは今も100年前も変わらないのですね。

逆に自動車産業が生まれたのも事実。動力源がエンジンに置き換わったことで新しい産業が生まれた。それはつまり新しい仕事が増えたことだから、馬車の仕事に固執せず自動車の仕事にシフトした人は困らないはずです。


似たような話では、スマートフォンが世の中をガラッと変えました。

iPhoneは2007年にアメリカで発売されましたが、またたく間に普及したのはご存知のとおりです。

現代はスマートフォンを持たない人のほうが少ないくらい普及していますよね。

スマホの普及でデジタルカメラやフィルムや現像屋(DPE)さんが一気に消滅しましたし、わざわざ音楽プレーヤーを持ち歩く人も減ったわけですが、これが何を意味するかというと、昔なら携帯電話とカメラと交換用フィルムと音楽プレーヤーをそれぞれ買っていたけれど、いまはスマートフォン持っていればあとは要らないということです。

携帯電話代、カメラ購入代、フィルム交換代、現像代、音楽プレーヤー代、CDなどの音源、それぞれにお金を払っていた。

それがスマートフォンに集約されたことで不要となる。

だから、よくよく考えてみると、以前よりも支出が減っている可能性があります。

私の感覚ではおそらく半分以下の出費で終わっているような気がしますね。

最近、CDを買った記憶がないのですが、それってたぶんYouTubeに置き換わったから。

写真はわざわざ現像しにお店へ出向かなくても写真データとして大量にストックしておけるから、出費の減少は明らかです。


我々の生活でもっともお金がかかる項目は(食費を除けば)住居費と移動コストだと思いますが、これからはこのあたりの出費に大きな変化が待っています。

住居費は家賃や水道光熱費だし、移動コストは車の保有にかかるコストや電車バス・タクシー代です。

それぞれに掛ける保険料もコストですが、こうしたものがこれからどんどん安くなるイノベーションがそろそろ登場しそうです。

空き家活用でルームシェアの動きも出ているように、こうした取り組みで住居費を安くできる可能性がありますが、仮に住居費がいまの半分になれば、浮いた半分は自由に使えるお金が増えることを意味します。

最近目立っているのがカーシェアリング。

これが普及すれば、自動車ローンを組む必要は無くなり、税金や保険も不要になります。

おそらく駐車場も不要になるでしょから、月極駐車場やコインパーキングもなくなる可能性が高い。

この変化は避けられそうもないため、大手自動車メーカーはとても危機感を感じています。

アウディやトヨタもIT企業と組んでカーシェアリングを提供する側に回ろうとしているから。

ですのでカーシェアは遠くないうちにあたり前になります。


住居費や移動コストに限らず「生活を維持するためのコスト」が劇的に下がれば、世界は変わります。

なぜなら別のことにお金を使うことができるからです。

浮いたお金は自己研鑽や余暇への予算へと振り向けるなど、人生が豊かになることにお金を使えるようになります。

また、収入が限られている方、例えば年金だけの方でも豊かに暮らしていける可能性が広がるわけですが、もう時代は確実にそっちの方向へと向かっています。

そんな社会の実現を目指して頑張る起業家やテクノロジー系のベンチャー企業が世界中に登場しています。

障害があっても私たちの未来は意外と明るいのかもしれないな。

そんなふうに思います。



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私が自分らしくいられるようになれたのは自己開示が大きいと思います。

自分なんて誰の役にも立たないとか、世間のお荷物だと思っていたなら、決していまの自分って無いだろうなって。

こんな自分でも役に立つ場所がある。

役に立てる人がいる。

そのことに気づいたからいまがあると、そんなふうに思います。


私が特別かといえばそんなことはまったくない。

視点を変えれば誰にでもできることです。


あなたの苦労は誰かの希望になる。

あなたの苦悩は誰かの共感を呼ぶのです。


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一般的には「ピアサポート」って言われてますが、そういうことです。

同じ障害や生きづらさを体験した人だからこそ、同じような境遇で悩んでいる人の心の支えになれる。

その覚悟は誰かの役に立ち、やがで自分自身の存在意義を見つけ出すことに繋がります。


そう。

特別に苦労したあなたは、誰かの特別な存在になれるのです。


そして、信じるか信じないかはあなた次第です。


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※WHILLを持ってきてくれた㈱トーカイの中津川さんと。

うちの取締役のはからいで次世代型電動車椅子のWHILL に試乗することができました。

で、乗ってみて思ったのは、10年後には多くの人がWHILLのような「イス」に乗ってるかもしれない、ということでした。

見た目は車イスだけど、これはもう一般的な電動車イスとは別モノです。

クルマと同じでパーソナルモビリティで、移動可能な「イス」だと理解した。


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例えば出勤するシーンを想像してみましょう。

朝起きて身支度を整えたらWHILLに座ってバス停へと向う。

すると、トヨタ自動車が開発したe-Paletteのような自動運転のクルマが到着し、WHILLに乗ったまま乗り込む。

つまりWHILLがそのまま座席になる。

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e-Paletteに固定されたWHILLは目的地へと移動し、会社に着いたらWHILLに座ったまま降車して事務所に向かい、いつものように仕事を始める・・・。


そんな未来を実現する可能性のある製品だと感じました。



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※クルマに載せられるように小さく分解可能。


10年前、スマホがこれほどに普及すると思っていなかったのと同じように、移動のルールも大きく変わる可能性があるなか、WHILLのような製品は、単なる車イスではなく、人々の移動手段のひとつになる気がします。

義足をやめてこれに乗りたいって思うくらい良い製品でした。


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※引用元 https://www.sonylife.co.jp/company/news/29/nr_170425.html


あなたの子どもが将来「ユーチューバーになりたい」を言ったらどうしますか?

全力で反対する親は多いと思います。

表は「将来なりたい職業」で、男の子は3位、女の子は10位にランクイン。

ほんの数年前なら考えられなかったようなランキングとなっています。
(ITエンジニアやゲームプログラマーも10年前はランク外だったはず)

ここ数年、YouTubeへ動画を投稿することで収入を得ているユーチューバーが増加。

トップ層の年収は、今や芸能人に勝るとも劣らない状況です。

世界で最も稼ぐYouTuberの年収は18億円。10億円超えのプレイヤーも続出し、日本の上位層も5億円は軽く超えているようです。

だから数百万、数千万円稼ぐユーチューバーはもはや珍しくないという。

ユーチューバーの多くは20代。
視聴者は10代から20代が多い。

規制でつまらなくなる一方のテレビや、時事ネタを話すようになってしまったお笑い芸人を見るよりも、YouTubeで好きなこと、やりたいことを自分らしく表現してでっかく稼ぐユーチューバーに憧れるのも無理はないと思います。


テレビといえば「テレビ離れ」も進んでいて、とにかくテレビを見る人が少なくなっています。

私もここ数年ほとんど見ていません。

バリバラや24時間テレビ(の一部分)はたまに見るけど、テレビの前に座ってることがなくなりました。

いつも見ていた「カンブリア宮殿」や「ガイアの夜明け」だって、スマホやパソコンで好きな時間に見てるし、ニュースも同様、ネット動画やスマホアプリで見たほうが情報が多くて早い。

だから、わざわざテレビの前へ行くことがなくなりました。

地震速報もテレビよりツイッターのほうがはるかに早くて情報量が多いし、ツイッターユーザーが写真や動画付きで投稿するからリアルな情報が得やすかったりする。

インターネットやスマートフォンの登場で、私たちの生活は大きく変わりました。

そういえば仕事の進め方もずいぶん変わりましたよね。

電話をかける頻度は激減。電話しなくてもメールで仕事ができるし、ビジネスチャットを使えば一度に何人もの人たちと情報交換ができます。

電話は今後も重要なツールであり続けるかもれいないけれど、いつか無くなる可能性もあると思います。

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・・・で、結局なにが言いたいかと言うと、時代は凄いスピードで変わっているってこと。

スマートフォンの登場で折りたたみ式のガラケーが一掃されたように、10年前の常識は10年後にはなくなっている現実。



動画はトップユーチューバー・HIKAKINさんの初期の動画。

いまから10年くらい前の動画ですが、当時の彼がいまの状況を予想していたかといえば予想していなかったはずです。

彼の成功を目の当たりにし、あとを追いかけた人たちがユーチューバーになり、成功する人(諦める人)が続出している現実があるわけです。


ここからは私の勝手な予想ですが、訪問看護師という働き方はどんどん主流になっていくと思ってます。

現状は、看護師免許を持つ人のうち、訪問看護師を選んでいる人はごくわずかで、100人いたら3人いるか居ないかというくらい少ない。

ニーズはめちゃくちゃあるのにたった3パーセントしか訪問看護師になっていないのが現代だから、3パーセントの方は開拓者であり先駆者でもあると思う。

加えて言うなら認知行動療法を学ぶ看護師は、いまはまだ超がつくほど少数派ですが、あと何年かしたら超最先端を行っている人になる、というのが私の予想です。

※記事に認知行動療法が出てきます。


10年後には、すべての看護師の3割から5割が訪問看護師なっているかも……といえば「そんなわけないじゃん」と笑われるでしょう。

はい。私も思います。

繰り返しますが、時代はもの凄いスピードで変化していて、10年先の正解は誰にも予想できないのです。

常識を疑った人、誰がなんと言おうとやりたいことを追求した人、変化に気づいた人、バカにされても自分を信じた人、そうした人たちにこそ「いまは見えない拓かれた世界が待っている」んじゃないかな。

そんなふうに思ってます。



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昨日は午後から講演活動。

瑞穂市(岐阜県)の依頼を受けて、くらしケアの相談支援専門員が生活支援ボランティア養成講座の参加者向けにお話しました。

私は障害当事者として駆り出されただけなのでメインスピーカーではありませんが、障害者の心理という部分でリアルな体験や当時感じたことを話しました。

聴講者の皆さんはボランティア養成講座にわざわざ参加されるような意識の高い方たちなので、真剣に耳を傾けてくれたのがうれしかったですね。

私がガンで障害者になった頃はいまから34年も前なので、バリアフリーの行き届いた現代とは状況がずいぶん異なりますが、当時は車椅子に乗るという選択肢はなかったから義足で歩くしかなかった。

もし車椅子に乗ることを選択したら段差だらけで働く場所など絶望的な時代でしたから、何が何でも義足と自分の足で歩くしかないと思いましたね。

当時は障害者になったことで自暴自棄になり、病気になったことや障害者になったことを親のせいや周りのせいにしていましたが、それって結局のところ人のせいにしているだけであり、自分に負けてるだけってことを当時の看護師に気付かされて再起できたとか。

そんな話をさせていただきました。


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※義足のふくらはぎ部分のカバー。


ちなみに、今回は義足のカバーを外した状態で登壇。

一見、障害があるように見られない要因はこのカバーをつけているからですが、外見が自然に見えるのは良くも悪くもカバーのおかげです。

参加者の皆さまに義足をお見せすることで、当事者としてのリアルな体験を伝えやすくするためにあえてカバーを外しましたが、私が障害者に見えにくいのは、このカバーがあるから。

リアルな足の形に似せてあるので、外見からはわかりにくいんです。

最近は、精神障害や発達障害など「見えない障害者」の方が苦しんでいます。

私は歩けるようになったせいで見えない障害者として過ごしてきましたが、例えばヘルプマークなどの普及を手伝うなどして、見えない障害の問題の解決にも貢献できたらいいだろうなって思いますね。

今日の感想。

「やっぱり人前で話すのは苦手だなぁ」

以上です。


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※上から目線でごめんなさい。
 義足に上の写真のカバーをかぶせると義足とはわかりにくくなります。


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9月26日のブログで義足の調子が悪いことを書いたのですが、現在も調子が悪いままです。

例えるならガラスの靴を履いてできた靴ズレみたいなものか

なので、いっそのこと義足を外して車椅子に乗ろうかと思い始めています。

最近はカッコいい車椅子も登場してるものね。

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義足になった頃、30年以上前のことですが、車椅子に乗るのに抵抗感がありました。

多感な10代だったせいか、「車椅子に乗る自分はきっとカッコ悪いだろう」と思ってたし、バリアフリーでも無かったし、車椅子で外出している人なんて見かけなかったし。

当時はまだまだ車椅子で暮らせる社会ではありませんから、とにかく義足で歩けるようになるしかなくて。

慣れるまでは大変でしたしトラブルもありましたが、いまはもはや義足はメガネやコンタクトレンズと同じで、ごく自然なモノです。

ただ、皮膚トラブルだけは悩みのタネなんですよね・・・。


現代はバリアフリーがかなり進んだから車椅子で外出する人を見かけることも増えましたよね。

WHILL(写真の車椅子)のようなカッコいい製品もある。

これまでは義足ユーザーの視点で社会を見てきたけれど、これからは車椅子ユーザーの視点で社会を見てみるとまた違う気づきや景色に出会えるかもしれないな、と。

それにね、くらしケアの経営や、情報発信にも一役買うような気がして、車椅子をポジティブに捉えようとする自分がいます。

だから、思い切って義足を外して車椅子を普段使いしてみるのもオモシロイのかなと思い始めてます。


問題はお値段ですね。

けっこうなお値段です(汗)


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腐りきった私の心を変えた看護師とのエピソードはブログや講演でたびたび触れていますが、改めて書いてみたいと思いましたので記事にします。

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検査で訪れた岐阜大学病院の廊下で久々に会った看護師の中村さんに対し、不平不満を言ったことがきっかけでした。

「オレなんて生きてても仕方がない」と言ったのです。

検査を受けたところで再発が見つかれば死を意味するし、同じ病棟で過ごした同世代の患者仲間が亡くなるのを目の当たりにしてるから、いつも死が隣にありました。

仮に、運良く再発しなくても、こんな身体でどうやって生きていけば良いのか皆目検討もつかないから未来に希望など見いだせません。

当時はいつも「なんでオレなんだ」「なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだ」と思ってたし、「こんなオレを産んだ親が悪いんだ」とか、学校が悪い、世の中が悪いとか、すべてを自分以外の周りのせいにしていました。

心が完全に腐りきっていたのです。

そんな私を見た中村看護師が悲しい目をして「手術の前夜に自分に負けないでと言ったことを覚えているか」といわれたことで、再起が始まりました。

確かにそう言われたことは覚えています。

だけど病床で言われたときはまったく意味が理解できませんでした。

長い入院生活を終えて退院を見送った10代の患者が久々に会ったら腐りきっていた。

そんな私を見た中村看護師はきっと悲しかったと思います。

中村看護師以外にも入院中に関わってくださった看護師は何名もいますが、当時の私を見たら誰でも残念に思うほど、どうしようもない人間になっていたと思います。

自分の置かれた不遇を自分以外の何かのせいにするだけの日々でしたが、仲間は死んでも私は生きている。

なのに、抑えきれない怒りや悲しみから逃げるだけで、自分自身と向き合おうとしなかったのです。

このエピソードは17歳も終わるころの話です。

闘病生活が始まったのは16歳の誕生日を迎えたときなので、気付くまでに2年近くもかかりましたが、あの再会がなければまた違った人生だったように思いますし、ひょっとしたら生きてなかったかもしれないとすら思います。

あの再会で私は変わることができました。

私が変わるということは、心配していた家族が安心することを意味します。

だから本当に感謝でしかありません。

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この私のエピソードは地域にたくさんいる障がい者の、たったひとつのエピソードに過ぎません。

でも、いまこの瞬間も、出口が見えないトンネルのなかで苦しんでいる障がい者とその家族がたくさんいます。

私はいま、くらしケアという会社を経営しています。

そして、多くの看護師やその他の仲間とともに活動しています。

当時の私が看護の力で救われたように、仲間を通じて多くのご利用者様の明日が希望に満ち溢れたものに生まれ変われるようにできたら私自身が存在した意味があるかもしれない。

看護の力が最大限に発揮されるように。

そしてより多くの人に手を差し伸べることができるように。

生きることを決めるのは自分です。

くらしケアの主役は看護師や、看護サービスを提供する仲間たちです。

私は役員とともに経営の舵取りをしっかりと行うことで、ご利用者様のお役に立つことができたらと考えています。


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