旧くらしケア代表のブログ(noteに引越しました)

障害者の親なきあと問題の解消を目的に株式会社くらしケアを設立。精神障害者の地域包括ケアなど、精神科訪問看護を軸に総合的な支援を展開しています。最終的な目標は誰もが暮らしやすい偏見のない社会の実現と、途方もないことを思ってます。大腿義足ユーザー、がんサバイバーでもあります。 メッセージボードもご覧ください!

カテゴリ: 当事者目線

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昨日は事務所の整理と掃除をするつもりだったけど、雪のため予定を変更し、家の掃除と片付けをして過ごしました。

しかしダメですね。片付けを始めると懐かしいものを見つけて手が止まってしまうから。

例えば10代の頃に聞いていたロック系のLPレコードだったり、XJAPAN関連の古いCDだったり・・・。

思い返すと毎年の大掃除と完全に同じ行動パターンを取っている自分自身に苦笑いしてしまいますが、いつもと異なるのは上の写真を見つけたことでした。

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この写真は岐阜大学病院で撮影したもの。

たぶん母親が撮ってくれたと思うのですが、手術直前の一枚です。

一緒にバンドをやってた仲間が駆けつけてくれたけっけ。


いやぁ懐かしいですね。

自分にも右脚があったんだなーって。


よく見ると右膝の下あたりにアザが見えるけど、この部分の奥にある場所がガンそのものだった。

皮膚の色が変わっているのがわかる。


撮影時期は1984年で、この1年はアザの皮膚下にあるガンからの激痛に悩まされながら、この先どうなってしまうのだろうと不安で仕方がなかったことをいまでも覚えています。

絶望という字の意味は「希望を全く失うこと」「望みが絶えること」という意味ですが、写真のなかで苦し紛れに笑っている私に希望はなく、ただ待ち受けている絶望しか見えなかった。

もちろん病気を直したい、痛みから逃れたいとの願望はあったけど、手術を受けた次の瞬間から障害者になる自分自身の未来に希望など1ミリも描けけませんでした。

でも、そんなふうに思っていた私が、いまこうしてブログを書いているという現実があります。

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自分の人生を振り返って思うのは、別に頑張らなくてもなんとかなるということ。

私はたいして頑張ってこなかったけど、それでもいまこうして何とか生きてます。


もしあなたが、いままさにどん底に居たとしても大丈夫だと思う。

どん底を味わっているうちはまだ生きているのだから。

そして1年先、5年先、10年先の人生がどん底であるとは限らない。

いまこの瞬間、少しの希望すら見いだせないとしても、決して悲観しないことが大切。

そして、写真のなかで苦笑いしている16歳の自分に、こんな言葉をかけてあげたいと思います。

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悲観していい。そう目一杯落ち込めばいい。

死ぬかもしれないと思う毎日で不安な夜をたくさん過ごしたけれど。

でもね、結局キミは死なないから大丈夫なんだ。

あの瞬間から待ち受けていた苦労は、ムダにならない結末が待っているから。

そんなストーリーが待ってたんだ。


キミに待ち受けていた苦悩は、いま、たくさんの仲間と共に、当時キミが感じたものと同じような苦しみを抱えた人たちを支える立場になっているんだ。

落ち込みたいときは素直に従えばいい。

涙が出るなら遠慮せずに流せばいいよ。

あきらめなければ人生はなんとかなるみたいだからね。

開けない夜はないから。


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どんな境遇の人でも、できるかぎり平等にチャンスや選択肢が与えられる社会を実現したい。

これは乙武洋匡さんが書いた記事からの抜粋。すごく共感する一文でした。

記事:私がnoteを始める切実な理由。


乙武さんといえば20年前に「五体不満足」を出版し、大ベストセラーを世に送り出したばかりか、底抜けに明るい性格で日本の障害者のイメージを大きく変えた人です。

そんな彼が3年前の出来事で社会的信用を失ったことで、国内に居場所が無くなってしまったわけですが、恐らく人生を見つめ直すため、自分の居場所を探すために海外へと出ていった。

しかし乙武さんは、たとえ厳しい現実が待っていたとしても後悔しない人生を選ぼうと日本へ戻ってきたのです。

私は乙武さんが書いたこの記事を読み、いろいろと考えさせられました。そして、このブログの冒頭で引用した乙武さんの言葉に強い共感を覚えました。

私の人生は文字通り敗者復活戦のような境遇からスタートしました。右も左も分からない思春期の若者が、自立を目指して七転八倒する、まさにそんなところからスタートしました。

社会人的な市場価値はゼロに等しかったけど、やる気だけはあった。なぜなら生きていかなければならないから。なりふり構って居られないと当たって砕けろでしたが、チャンスはなかなか巡ってこなかった。

いまはおかげさまでこうして会社経営までさせていただいてるけれど、ここまで来れたのは自分でも奇跡的だと思う。

けれど、多くの障害を持つ人たち、不遇な人たち、失敗した人たちに対して、この国には寛容さが足りてないと思うのは私も感じるところです。

乙武さんがどんな活動で、社会を変えようとしているのかは今後を見守りたいですが、私にできることがあればお手伝いしたいと思うし、その思いも伝えさせていただいています。

障害のある無しだけでなく、失敗した人がどこからでもチャレンジできる社会にしたい。あきらめなくても良い社会にしたい。それは私も思うことだから。

彼に対するイメージは、現時点で様々だとは思うけれど、私はチャレンジする障害者でありたいし、ダメ元でチャレンジする障害者を全力で応援したい。

そんなふうに思います。



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事実は小説より奇なり

現実の世界で実際に起こる出来事は、空想によって書かれた小説よりもかえって不思議であるという意味のことわざ。「事実は小説より奇なり」は、イギリスの詩人バイロンの作品「ドン・ジュアン」中の一節から生まれた表現である。

引用元:https://www.weblio.jp/content/事実は小説より奇なり


12月17日は私にとって意味のある日。34年前の1984年12月17日は障害者になった日であり、16年間付き合ってきた右脚とサヨナラした日です。

もちろん生きるための手術でしたが、5年生存率は10パーセント程度(当時)と言われていた病気が原因でしたから常に死を意識していたし、そもそも「治すための手術」ではなかったので希望はまったく持てずに、ただ不安でしかなかったことを今でも鮮明に思い出します。

あの日を境に人生は一変しましたが、34年後の私はこうして生きています。

いま思えば、あのときに12月17日があったからこそくらしケアという名の使命にたどり着いたのだから。

人生とは不思議なものだと思います。

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ブログで夜明け前という映画について書きましたが、映画のなかで「日本精神衛生会」が紹介されてました。

日本精神衛生会は、明治35年に精神科医の呉秀三が中心となり、東大教授や政治家、経済人たちが発起人となり「精神病者慈善救治会」が発足したのが始まり。

日本でもっとも古い精神衛生のNGOの一つとして創設された精神障害者団体ですが、この団体の初代会長は大隈重信の奥様だったそうです。

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※大隈重信 ウィキペディアより引用。


大隈重信といえば民主主義の基礎を作った人物であり、政治家としても教育者としても活躍した人物で知られていますが、実は彼が大腿義足の障害者であったことはあまり知られていません。

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※大隈重信記念館HPより引用。
 https://www.okuma-museum.jp/institution/exhibits/

そんな大隈重信を支えたであろう妻が、日本最古の精神障害者の人権団体の基礎をつくったという歴史的な事実と、そしてその精神が現代でも受け継がれていることを知った瞬間、私自信が右脚大腿義足であることや、精神障害者を中心とした障害者と家族の生きづらさの解消に取り組んでいることに偶然が、単なる偶然ではないような気がしてしまいました。

なぜなら時々このように言われるからです。

「あなただからできた」「あなたは特別だから」「心と身体の障害は違う」と。

私だからできたのではないし特別でもない。ただ必死だっただけなのです。

心と身体の障害は違うけど、生きづらさは一緒でしょと。

大隈重信が障害者じゃなかったら、歴史は違ったかも知れませんよね。


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「精神障害者の地域移行に本気で取り組みたい」

私はいま、静かに、そして強い思いでそう考えています。

くらしケアの理念に集ってくれたスタッフと共に、世界一病床数が多い精神科医療を変えていけたらと。

アウトリーチ型の支援体制を構築すれば、地域で普通に暮らしていける人はたくさんいるのだから。

できないわけがないのです。

34年前の12月17日に障害者なった私は紆余曲折を経て、数年後に住まいの仕事にたどり着いたことでリカバリーすることができました。

長年の住まいに関する経験や知見を居住支援に注ぐことで業界構造を変えられるかもしれません。

そして生活支援をセットに提供して地域移行の実例を量産することができれば、精神科医療の現状と障害福祉を少しでも良い方向へと変えていけるかもしれません。

もしそうなれば、悲劇でしかなかった34年前の自分に「いろいろ大変だったけど結果的には良かったよね」と言えるのかもしれない。

いつもと違う12月17日の朝を迎え、そんなふうに思います。


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「カキフライとタルタルソースは最強♬」

だと思います。



さて、今日のブログはお金が無くても創ることができるものは何か?というタイトルで書いてみます。

ここから書くことはあくまで私の体験がベースなので、「そんな考え方もあるんだね〜」程度に読んでいただけたらうれしいです。

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自立した生活を送れるようになりたいとか、事業を起こしたいなど、なにかを成し得たいと思ったとき必ずついて回るのがお金の問題です。

私が障がい者になったのち社会に出ようとした18歳のころ、お金はほとんど持っていませんでした。

ただとにかく自立したいと同時に「自立して何がしたいのか」を考えていました。

私は脚が不自由。だから移動に課題を抱えていたので、まずはマイカーを持ちたいと思いました。

まだ若造だったので、できればカッコいいクルマに乗りたいと思い、日産のフェアレディZに乗ることを目標にしました。

ようやくありつけた設計事務所でのアルバイトで働きはじめました。

当時の私の感覚は、アルバイトを見つけるだけでもメチャクチャハンデを感じましたし、いくつも就職先から断られた挙げ句にようやくたどり着いたアルバイトでしたので感無量でした。

そして働けるようになったことで、念願のフェアレディZを買うことができたのです。

学歴も職歴もコネもない通院が必要な片松葉杖の障がい者が仕事を見つけられたのは、「仕事につきたい」という思いよりも、「仕事をして何がしたいのか?(=クルマを買いたい)」といった理想を明確にもっていたことが良かったように思います。

仕事は手段、マイカーは目標、マイカーのある暮らしが理想、というわけですが、明確な理想があったこそ仕事を見つけるモチベーションに繋がったんじゃないかなって思います。

初めてのマイカーは40万円くらいで売っていた中古の白いフェアレディZ。3速のオートマで全然走らないし燃費も悪くしょっちゅうエンストするような個体でしたが、それでもはじめてのマイカーを持てたことはとてもうれしかったのを覚えています。

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事業を起こすにはお金が必要ですが、くらしケアを立ち上げるためにお金は必要でした。

訪問看護と相談支援の居宅介護支援の3つを立ち上げたい。そのための事業計画を立ててシミュレーションしてみたところ、どう考えても最低で1000万円は必要だとわかりました。

看護師3〜4名を雇用してお給料を払い、事業を軌道に乗せるにはそれだけの運転資金がないと厳しい。

しかも私の給料は最低でも1年はナシという前提でした。

当時の仲間に入浴介助の会社で派遣で働いていた看護師が居たのですが、派遣切り的な理由で仕事が無くなるタイミングにあり、もし訪問看護ステーションを立ち上げるならウチで働きたいとの意向を持っていましたので、彼女の雇用先にならねばとの一心で、急ピッチで事業計画を練りました。

くらしケアを立ち上げるなら今しかない。どうにかしてお金を調達しないといけないと、かなり切迫感を感じながら資金調達に走りました。

金融機関へ出向いて「訪問看護を始めたいからお金を貸してください」と言ってもカンタンにお金は貸してもらえません。だから事業計画は大事なのですが、実は、事業計画以上に大事なことがあることを知りました。

ビジョン(理想)です。

経営理念と言い換えても良いと思いますが、事業を通じて社会にどのような価値を提供したいのかを明確に答えられるかどうかが問われるのです。

そもそも何の実績も無い人に大金を貸すわけですから、経営者の「人となり」や過去の経歴を見られたうえて、キチンと事業計画を実現できるのかを見られるのですが、事業計画の実現性にビジョンが大きく影響することを、担当のバンカーに教えていただきました。

当時、部長と頭から湯気が出るほど考えた考えたビジョン。それが「ご利用者の明日が待ち遠しい暮らしを実現する」でした。

私自身が渦中のときにそうだったように、障害を持つ人達は明日が来なけりゃいいと思っている人がいますし、明日に希望を持てず日々を暮らしている人たちがたくさんいます。

そうした人たちに私たちくらしケアが関わることで、「また会う日が待ち遠しい」「未来に希望を持てるようになれた」などと思っていただけるような存在になりたいと、そんな思いをビジョンに込めたのです。

資金調達に奔走したのは忘れもしない3年前の10月から12月のこと。結果、無事に資金調達を行うことができ、くらしケアは晴れてスタートすることができたのでした。

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3年前、そんな状態だった私たちがくらしケアを立ち上げられたのは資金の前にビジョンがあったから。

しっかりしたビジョンがあったからこそ資金調達できたのだと思います。


そろそろまとめに入ります。

お金は無くてもビジョンは創ることができる。

そしてしっかりしたビジョンができれば資金も仲間も集まります。

今日のブログでお伝えしたいことは以上です。


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人生にはいろいろなことが起こります。

できれば毎日楽しく苦労せず過ごしていきたいけれど、そうはいかないもの。

私はつらい思いをして悩んでいるとき、そのつらさに向き合えない人間でした。

でもいつの日からか、意識したことでつらい思いをポジティブに変換できるようになりました。

それは「目の前で起きていることにはすべて意味がある」と考えるクセをつけたことです。

良いことも悪いことも、すべて意味があると考えるようにした。

始めのうちはなかなか気持ちを切り替えられませんでしたが、小さなことでも「これは絶対に意味がある」とブツブツいいながら気持ちを切り替えるようにしました。

慣れてくるとどんな出来事でも意味があると捉えられるようになりましたし、情況が変化するたび、それにつれて喜んだり心配したりせず、まさに一喜一憂しなくなり、心が安定するようになりました。

例えば運転中、急いでいるのにやたら信号が赤に変わったり、前をゆく車がやたら遅いとイライラしがちですが、これも「意味がある」と考えてみる。

そう考えるだけで事故するリスクは減る。
ひょっとしたら急いだ先に事故が待っているかも知れませんから。

そう思えばイライラも感謝に変換することができます。


私の人生でもっとも大きな出来事は病気で右脚をなくしたことですが、起きた不幸を嘆き続けていたらいまの人生にはなっていないでしょう。

他の人とはずいぶん違う体験をしたけれど、あのとき起きた出来事には意味があったと思えたからこそ今があると思いますし、そう思えたからこそ道が拓けたのだと思います。


だから苦労やつらい出来事があっても大丈夫。
きっと意味があるから大丈夫なのです。



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昨夜は精神保健福祉士が集う勉強会に参加していました。

テーマはベルギーの精神科医療について。

ある精神科医が「自費」で視察に参加した報告を拝聴しましたが、とても良い内容で、うちのスタッフにも聞かせたいと思えるほどでした。

私は医療関係や福祉関係の出身ではありませんが、無理やり時間を作ってこうした勉強会に参加しています。

殆どは業務終了後か休日開催の勉強会で、主に専門職の勉強会ですが、意識の高い人たちと関われるから良い刺激になっています。

いつも参加して思うのは、一見、ムダに思える内容かもしれないけれど、あとで振り返ると決してムダにはなっていない、ということ。

一見、役に立たないかもしれない、あるいは自分には関係なさそうだと、その瞬間は感じてもとにかく参加してみる。それを繰り返していると、ある日突然、点と点がつながり線になり、さらには面になることがよくあるのですが、それは損か得かを考えず、とにかく学びにいくからこそ起きる現象。

アイデアはそうした活動を繰り返すことで生まれます。

これ、伝わるかなぁ(笑)

学んだ瞬間は自分にとって意味があるかどうかはわからないくてもいい。でもとにかく数をこなして参加したことが「点」だとすれば、そのたくさんの「点」が増えることで点と点が線になり、「とてつもなく大きな面」になる。

無理やり例えるならシナプスのようなものといえば伝わるかな。

そもそも仕事を終えてまでわざわざ勉強会に集まる人たちだから、意識が高い人たちが集まっています。そんな人たちとの交流がムダになるはずがないと思う。

実際に体験したことがある人にはわかると思うのですが、どんな勉強会でも積極的に関わることで、いままで見えなかった景色が見えます。

その景色がどのようなものかは学ぶ姿勢がないと一生分からない。しかしそれではもったいないので、面倒でも顔を出してみることをおすすめします。



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【偏見】

ある対象,人,集団などに対して,十分な根拠なしにもたれる,かたよった判断,意見などをさす。このような判断や意見は強固なものであり,それらが誤っていることを示す証拠をみせられても容易に変らない場合が多い。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説から



この数日間、妻が帰省中のため、子どもたちの食事の準備は私の仕事です。

昨夜は扶桑イオンに行き、お惣菜やらを買いにいきましたが、そこで感じたことを書きます。

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実はいま、私の義足が調子が悪く、しょっちゅう転倒しそうになる現象が起きていました。

もし後ろに転倒すると、地面に頭を打ち付けかねず、義足の「ヒザ折れ」はヒヤヒヤします。

担当の義肢装具士に診てもらったところ、製品に不具合がありそうだということでメーカーに修理に出すことに。

しかし義足はイギリスの部品を使用しているためイギリスに送られることになり、部品が戻るまで最低でも一ヶ月はかかる見込とのこと。

そのため、代わりの義足を使うことになったのですが、これがかなり古くてヤレている部品。

※“ヤレ”とは「疲れ具合」を示す。

例えば、新車に不具合が出て、メーカー修理に出したが、代わりに与えられた代車がかなり古く何世代も前の車を使うようなイメージといえばなんとなくつたわるでしょうか?私の義足もいまちょうどそんな感じです。

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話しを戻します。

とても歩きづらくてしかたないから、イオンの障害者用駐車場に停めさせていただくことにしました。

時間は夜の7時。周囲の身体障害車用駐車場が3台空いていたので、そのうち1台に停め、障害者だとわかる証票をダッシュボードに掲示して子どもの食事を調達しに行きました。

買い物を終えて車に戻ると、ちょうど40代くらいの夫婦と中学生くらいの男児の3人が目の前を通ったのですが、その父親がズボンのポケットに両手を突っ込みながら、私のほうを何度も見てあからさまに何かブツブツ言いながら横切っていきます。

遠くへ行ってもまだ振り返りながら私を見て何やらブツブツ行っているのですが、どう考えても「お前ここに駐車したらダメだろう」というように言っているように見えました。

私の見た目のせいなのか、ヘルプマークをつけた杖や証票が見えなかったかもしれません。

あるいは、まったく異なる理由で見ていたのかもしれませんが、私の認知は「障害者じゃないクセに何ここに停めてるんだ」でした。

次第に憤りを感じ始めましたが、ここのところ認知行動療法を学んでいるためか、その認知による憤りはすぐに抑えることができましたが、もしそのように見られていたならば非常に残念な気持ちになります。

障害者用駐車場はマナー違反の車両もたくさん見受けますが、本当に必要としている人が、そのような偏見の目で見られることは意外によくあるようです。

そのような問題の1つに障害者用駐車場が車イスのアイコンになっているのがそのような偏見を生んでいると思うのですが車イス同様、歩行距離をできるだけ短くしたいという肢体不自由の方は一定数います。

そうした人が偏見を感じること無く平等に利用できるような駐車場ができないものかと、満月を眺めながらそんなふうに思いました。

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悩みが無くなったことがない。

いつも悩んでいます。


悩んで悩んで解決させる。

すると、また新しい悩みを探しだそうとする。

ずっとそんな人生を歩んできた気がします。


いつも悩んでいないと自分自身で居られない。

そんな自分に嫌気がさすけれど。


でも、もともとダメ人間だった自分を成長させてくれたのは、いつも悩みがあったから。

どうすれば悩みを解決できるのか。

徹底的に調べたり、誰かに聞いたり。

あるいは誰かに頼ることで悩みを解決してきました。


人って、悩みがあるほうが成長する。

経験的にそう思うから。


悩むって、きっと意味があり生かされている証拠でもあるような気がするんです。


それによく言うよね。

「神さまは乗り越えられない試練は与えない」って。


だから、悩みがあることは決して悪いことではないんじゃないかな、と。

そんなふうに思います。


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毎週火曜日は会議です。

いつもなら他拠点をテレビ会議システムでつないで会議するのですが、この日は全員が本部に集まりケースカンファレンスをしたいというから、「あ、そうなんだ」と思ってました。


そして会議も終了が近づいたころ、急に風向きが変わり、突如スタッフの皆んながサプライズでお祝いをしてくれました。

7周年のお祝いをスタッフの皆んながしてくれたのです。




本当にうれしかった。

どちらかといえばつらいことのほうが多い人生を送ってきたけれど、まさか晩年になって、こんなに素敵な仲間と一緒に素敵な瞬間が待っているなんてね。

想像すらしてなかったので、とてもうれしかったです。


そういえば去年も祝ってくれたよね。

あのときも本当にうれしかった。

でもね、今回ももっとうれしかったです。


気を遣わせてごめん。

そして、みんなありがとね。

みんなの笑顔がもっと輝くように。

もっと頑張ろう。




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ブログタイトルの結論を先に云うとコレです。

迷った時ときは、
楽な道よりつらい道を選ぶと
最終的にうまくいく。


一般的に成功者と言われる方や、経営者の方たちがほぼ例外なく云う言葉。

私も体験的に認識があるのですが、楽な道とつらい道があるとすれば、つらい道を選んだほうが結果的にうまく行っていることがほとんどです。

私が通った道でもある、不動産を扱う国家試験、宅地建物取引士の試験でもそうです。

この試験は「ある一定の要件」をクリアすると5問の試験が免除されるのですが、5問免除で試験に受かった人より、正規の50問試験の条件で受かった人のほうが、遥かに値打ちがあると周囲はみなすのです。

わかりやすく言うと、楽な道よりつらい道を選んだ結果だと思います。

なぜそうなるかというと、やはり人は苦労話が好きだし、苦労した人の話に共感を覚えるもの。

だから、苦労した人のほうが、人が付いて来てくれやすいのだと思います。

もし、あなたが成功したいと思うなら。

もし、あなたが誰かの役に立ちたいと思うなら。

楽な道とつらい道があれば、どうかあえてつらい道を通ってください。

そのほうが最終的にうまくいくハズだから。

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くらしケアの求人に応募したい方はこちらのブログを読んでから応募してね。

http://naonotakeshi.com/archives/cat_506006.html


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