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重度障がいの人たちとの関わりで思うことがあります。 

それは障がいを持つ人の可能性を周りが決めつけているのではないか?ということです。 

なぜかというと、新しい出逢いや、いままで考えられないような発見があったから。

昨年はキャンナスの活動を通じて筋ジストロフィーの方やALSの方と出会いました。 

この病気は意識はしっかりしているのに身体機能が衰えていく難病です。

病気が進行するにつれて言葉を発することができなくなります。 

でも頭のなかで話したいことが鮮明にある、という状態。 

考えるほど切ないです。

伝えたい言葉があるのに身体的な問題で話せないのだから。

相手に伝えられないもどかしさは想像を絶します。

一方で知的障がいの子や重症心身障がい児との関わりがあるのですが、言葉を発しない子どもは意思表示できない(意思がない)と思われています。

しかし、実は意思表示できるのではないか?と考えさせられる事例を知りました。

ひとつは「指談」という方法で親子が意思疎通できる事例と、もうひとつは意思伝達装置を使ったら子どもが意思表示した事例です。 

自分自身では何もできない全介助で、声も発しない子が「こうしたい」と意思表示したそうです。 

僕は思いました。

もし仮に子どもたちの脳内では周囲の言葉を明確に理解しているとすれば…。

子どもたち本人の脳内には「発したい言葉が明確に存在する」のに、声や身体をコントロールできないゆえに「意思表示できないだけ」だとすれば…。

あるいは「意思がないのだから」とか「そういうものだ」などと支援者が決めつけていたとするならば…。

その子は生まれた日から今日までとてもつらい時間を過ごしていることになる。 

でも先の事例のように、何らかの方法で自由に意思表示できたならとても楽しいだろうし、支援者の力を借りて本人の自立につながっていくはずではないかと思ったのです。

このあたりについて、さらに事例を調べたうえで支援者向けに発表する機会を設けたいと考えています。


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