ある日、少年の人生が一変した。

医師から入院を告げられ、家へ戻ることも許されずにそのまま入院手続きに入る。

看護師の手で、すぐさま脚はギプスで固定された。

それ以降、3ヶ月半のあいだ膝を動かすことを禁じられる。

右足付け根から動脈に管を通す。

患部へとつながる血管に薬剤を送るための処置だ。

この処置を機に個室の病室へ移動。

ベッドに張り付けられた入院生活を送ることになった。

ギプスを取ることを許されたのは脚を失う2、3日前だったと思う。

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※右ひざの皮膚の色が変色した箇所が骨肉腫だったところ。
この当時は苦笑いするのも精一杯。何もかもが絶望でしかなかったけれど、長い時間をかけてくらしケアへとつながり、ご利用者様や仲間と出会うことができた。


膝に痛みを感じ始めたのはゴールデンウィークが明けたときだった。

笠松駅から岐阜駅へ向かう電車の中で気づいた僅かな痛みだ。

あれから半年も経たないうちに運命は大きく変わってしまった。

クラスメイトは見舞いに来てくれる。

ありがたかった。

でも、クラスメイトが帰ったあとは、どうしようもなく寂しさに襲われた。

なぜなら自分だけが取り残されていく感覚に押し潰されそうだったから。

そして、これから迎える運命を受け入れるしか生きるための選択肢がなかったから。


病室に持ってきたグレコのエレキギター。

あれほど大好きだったギターも触る気力がなくなってしまった。



どうしてこんな目に遭わなければならないのだろうか。

何か悪いことをしたんだろうか。

このまま肺転移して死ぬのだろうか。

学校へは戻れるのだろうか。

また仲間と「悪さ」できるのだろうか。

バンドは?

予測不能な不確かな未来を憂いながら、病室で白い天井の穴を見つめて数えていた。


健常者から障害者になった。

これでもう、社会に必要とされない人間になったと思った。


誰にも頼りたくない。

だけど頼らないと自分でできないことが増えた。

それまであたり前にできたことができなくなったから。


誰かの役に立つなど到底無理だ。

障害者になったことで社会のお荷物になったと感じた。

可能性はすべて閉ざされた。

社会にとって迷惑な存在になったんだと本気で思った。

白い天井の穴を見つめて数えて暮らすだけの日々が、過去には確かにあった。

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いろんな偶然や運、縁が重なり、私はいまこうして生きています。

部長と一緒にくらしケアを立ち上げ、経営をさせていただいている自分がいます。

あの日、あのとき、病室での白い天井の穴を見つめて数えるしかなかったボクが、あのときのボクのような日々を送る人を救うため、くらしケアの仲間たちが彼ら彼女らの光になってくれています。

くらしケアは私自身のリカバリーの過程。

ようやくたどり着いたのがくらしケア。

くらしケアがあるから生きていられる。

明日が待ち遠しい暮らしの実現を願うのは、明日が待ち遠しい暮らしが見えなかったから。

希望を与えてくれたのが看護の力だった。

くらしケアは私の人生そのもの。

そしてくらしケアの仲間そのもの。

くらしケアを脅かす存在には立ち向かう。

くらしケアが無くなったらボクの存在意義はないから。




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