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 父と屋久島の朝日



今日は父の誕生日。

父が生きていれば70歳を迎えている。

あれから3年。

時が経つのは早い。


亡くなる1ヶ月前のこと。

父は屋久島へ帰省旅行にでかけた。

屋久島は父の生まれ育った故郷。

ふだん帰れずにいた屋久島を選んだのは当然だった。


しかしそこからが大変だった。

なぜなら重い病気で入院している要介護の人を旅行に連れて行くことはずいぶんなチャレンジだったから。


介護福祉に関わっている今のボクなら「思い出旅行」などのサービスを使うことを思いつくかもしれないが、当時はまったくの無知で、なんの情報も持っていない。

ただ家族としては、父の最期に思い出をつくってあげたかったし、残される家族として後悔したくないとの思いから計画実行あるのみだった。

旅行に行くには看護師や介護ヘルパーのサポートが必要だし、新幹線、船、介護タクシーを乗り継ぐたびの連携も必要。

何もかも手探りのなか、母親の強い思いで作り上げた旅行プランだった。


余命幾ばくもない父はいつもうつろな目で病院の天井を眺めていたけど、旅行が決まってから少し元気になっていったのが分かった。

目的があるのとないのとでは人の輝き方が違うことに気づく。

旅行のため体力を温存し、医師のOKをもらい、父は母と一緒に出発していった。



1ヶ月後、父は緩和ケア病棟で静かに息を引き取った。

あの旅行は本人にとっても家族にとっても本当に良かったと思う。

行かせてやれなければきっとボク達家族も後悔していたであろうから。


旅行中の写真にはやせ細った父が車いすに乗り、毛布をかけられてて見るからに重病人。

だけど、表情は明らかに明るく楽しそうだった。

母親が撮影した時系列の写真を見て気づいたが、屋久島から帰る船に乗る瞬間まで笑顔だった。

父がどんな思いで入院生活を送り、旅行ではどんな思い出を作って天国へ旅立ったのかは分からない。

でも写真に映る父と母の笑顔がすべてを物語っている気がしている。

きっと幸せだったと思う。


あれから3年が過ぎた今、ボクはキャンナスを通じて重い障がい持つ人たちの外出や旅行を手伝っている。

父にしたこと、できなかったこと、いろんな感情を抱きつつ、目の前の人に喜んでもらうことの幸せを感じている。



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