雨の祝日。離れて暮らす母親のところへ行って1時間ほど話してきた。
離れているといってもクルマで行ける距離だが、年末年始、母は感染症にかかって「来るな」といい、僕は僕で仕事が忙しかったりで会うのは久しぶりだ。

母は今年で73歳。相変わらず楽しそうに暮らしていて安心したが、数年前まで父親の介護と看病で何年も時期を過ごしたことが遠い昔のように感じる。

母親には心配ばかり掛けてきた。若いころ病気になったときもそうだが、社会に出たあとも経済的な面で自立するまでに時間がかかり、支援を受けたこともたくさんあった。

結婚が決まったときも、自分と一緒になる人と親の意向を汲んで、妻の実家で暮らすことにしたが、あのときも家から出ることを快く了承してくれたのだが、そもそも僕は長男。だから一般的には家を継ぐ立場のはずなのだが、障害があることと比較的重い既往歴のある僕を選んで結婚する相手が現れたという事実に配慮してくれたからだろう。

実は僕がいまどんな仕事をしているのかを母は知らない。平成23年、安定したサラリーマン生活から一転、不動産会社を立ち上げたことは知っているが、それ以降のことはほとんど話していない。理由は心配させるだけだと思ったから。もちろん父の介護が大変だったからというのも配慮した理由ではあるが、僕の両親は自営業をやっていて晩年はかなり苦労していたから自営の道を選んだ僕を心配して見るだけだと思い、順調な様子を装いながら詳細はあえて言わなかった。

でも、ふとしたことで仕事について聞かれたので、そろそろ話してもいいかと思い、初めてくらしケアのことを話した。経営は安定しているし、会社は拡大を目指せる段階にあるから話しても良いのかなって思った。障害者になり、ようやく自分らしいお役目だと思える仕事に出会えたのだから、母親を安心させるために取りつくろって話す必要はもうない。話したあと、どう感じたのかは分からないけれど概ね安心して聞いてくれた様子だった。

自分が存在しているのは両親が命を繋いでくれたから。心の師匠が言っていた言葉を思い出した。

人生はあっという間に過ぎていく。
幼いころの記憶をたどるとずいぶん歳を取ったし、すいぶん時間が経ったんだなって思う。

自分自身、この歳になり、あと何年くらい生きられるのだろうかと考えることも増えたけれど、苦労かけた母親にはいつまでも楽しく元気で過ごして欲しいと思う。



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