何をもって成功と捉えるかは様々だと思います。

成功という状態は、例えばプロスポーツで優勝したとかノーベル賞を受賞したとか。
あるいは著書が芥川賞を取ったというのも成功でしょうし、起業家なら会社を上場させたというのも成功と言えるでしょう。

これらの成功の多くは経済的成功がセットだと思うので、結局はお金持ちになった人が成功者なのかもしれませんね。

僕は普通の凡人なので成功者には尊敬や憧れを抱きます。
でも僕にとっての成功は、実はそこじゃなかったりします。

時々思うこと。
それは自分が死んだとき。
本気の涙を流してくれる人が果たして何人いるだろうかと。

この感覚はずいぶん前から持ってて、これまでいくつもの葬儀に参列したなかで感じた感覚。


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心から惜しまれて亡くなった葬儀もある。
他方、焼香だけ済ませてそそくさと帰る人が散見される葬儀もある。

一見、盛大だけど形式的に感じる葬儀もあるし、こじんまりとしていながらも心のこもった素敵な葬儀もある。


「人として成功したかどうかは葬儀で分かる」
初めてこの言葉を聞いたとき、最終的に成功したかどうかはこれだと思いました。


私は過去に「あなたは誰からも応援されない人間だ」と云われてへこんだことがあります。
これはSNSで関わる人たちとの関係性の薄さをあげて指摘された言葉ですが、なるほどSNSに限らなくても云われてみれば友だちは少ないことの自覚はある。

元来、友だち付き合いは下手で、スキーやゴルフ、海水浴なんかに出かけていって人間関係を作るなんてこともなくて。

そもそも障害があるせいか誘われることもなかったからと、いいわけをしたくなりますが・・・

そう云われて怒りを感じて落ち込みもしましたが、そう云われてしまう限り、悲しいけどそれが現実だろうなと思い、そしてやり場のない感情を乗り越えるにはどうすれば良いか考えてたどり着いたのは、仕事を通じてご利用者様の役に立つことや感謝されるように努力することだと。

それなら僕でもできるんじゃないかと考えることにした。
人の役に立つこと、社会の役に立てることを数多くやれば良いと考えたうえで、そう考えたことで「人として成功したかどうかは葬儀で分かる」という言葉が腑に落ちました。

僕自身がこの世から去るときは必ず来ますが、どうせなら惜しまれる対象として死にたいです。
そんな葬儀になれば、存在した意味があったことになるんじゃないかな、と。

だから、僕が生きているうちは成功したかどうかは分からないということですね(笑)


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