悩みを解決したいのならば、困っている他人を助ければいい。

 自分の事ばかり考えていると、悩みは増幅する。


こんなことが書かれていたブログ記事を読んで思ったのは、なぜ自分自身が窮地に落ちいってもまた這い上がれたか?ということだった。

人が生きていくなかで、大なり小なり低迷を経験はするものだが、私の場合は15歳〜17歳の3年間がもっと大きな低迷期だった。(このブログで何度も書いてるのでご存知の方には恐縮だが・・・)

右ひざに感じた原因不明の痛みが実はガンで、それまで描いていた未来をゴッソリと奪われたうえに、右脚を失うこととなるのだが、あの当時はとにかく自分のことしか考えられず、常に自分が被害者で、人としても最低の状態だった。

常に誰かのせいにしたり、環境や世の中のせいにしたりと考えていたし、励ましてくれる友人も居るにはいたが、常につらいのは自分だから、そんな思考の私と一緒に居たいと思うはずがなく、友人達も徐々に離れていった。

そんなの自分が悪いに決まっていると今の私なら分かるが、当時はまったく分かってなかった。

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転機となったのは、同じ病棟で過ごしたいまは亡き闘病仲間のことを思うようにと、卑屈未練な思考に染まった私にひとりの看護師が投げかけた言葉が心に刺さったからだが、あの瞬間、生きたくても生きられなかった闘病仲間のことすら考えられなかった自分を恥じたし、自分のことばかり考えるのを辞めたから「悩みのループ」から抜けられた。

いまでもときどき思うが、あの転機がなかったら今ごろどうなっていたのだろうと思うし、おそらく今の人生は無かったから、考え方を変えるキッカケをくれた人々には感謝している。

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次の大きな転機といえば障害児と親たちとの出会いだった。

経営を委任されたNPO法人の施設に通う約40名の知的障害児、重症心身障害児と、そしてそんな子どもたちの先行きを案じながら暮らす家族の悩みに出会ったことは大きな衝撃だった。

それまでの私は健常者の世界で生きていくために、障害者であることを隠して過ごしてきたが、よくよく考えてみれば自分自身が障害者なのに、障害者の現状をまったく知らなかったという現実に気づかされた。

それまで仕事とは自分のため、生活のため、給料とはストレスの対価、そんな考えが抜け切れていなかったのだが、日々生きづらさを抱えている人たちを目の前にして、すっかり忘れていた過去、すなわち、自分自身が病魔に襲われ障害者となり、学校や社会との断絶を経験するなど生きづらさを抱えていた時期があったことを思い起こすキッカケとなった。

そのような体験がくらしケアの誕生につながっていくのだが、人生で初めて強い使命感を覚えるテーマに出会うことなったのは、自分自身の体験も理由のひとつだが、障害児と家族たちとの出会いによるものも大きい。

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仕事を通じて人の役に立つというのは会社員時代でも意識していたつもりだが、彼らのとの出会いで、それは表面的なものだったように思えたし、困っている誰かの役に立つということの意味がしっかりと「腹落ち」したのもそうした出会いがあったからだ。

いまは障害のある人(=何らかの生きづらさを抱えている人)の医療的ケアや生活支援サービスを提供するようになったが、いまはもう働くことの意味に対する悩みや迷いはまったく無くなったし、最近になって事業が回り始めたと感じるのは、冒頭の言葉のとおり、困っている誰かを助けたいと思うようになってからだと思う。

今は経営という舵取りをいかに利他的に行いながら持続的な成長にしていくかが課題。
経営というものは簡単ではない。だから悩みがないと云えばウソになるが、困っている人の役に立つことをひたすらにやり続けていけば、運も道も拓いていくと信じて頑張っていきたい。


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