「何のために働いてますか?」


例えば、自分の子どもにこう聞かれたら、どのように答えるでしょうか。


今の私なら「自分の体験を通じて生きづらさを抱えている人を笑顔にするため」と答えます。


このようにハッキリと答えられるようになったのはまだ最近のこと。

以前の私なら、たぶん、生活のため、家のローンを払うため、子ども達を食べさせるため、などと答えるしかなかったと思います。

幸い、いまのところ子ども達からそのような質問を受けたことはないのですが…


子ども達には大人になることに希望を持って欲しいし、働く父親はいつも楽しそうだと、そんな姿を見せられたらと思います。


振り返ってみると、生活のため家のローンを払うために働いていた頃は、労働とはガマンやストレスの対価だと考えていたように思います。

経済的に自立したいからたくさんガマンしていたように思います。

自分が子どものころ、自営業の父親が働く姿はガマンして仕事をしているように見えました。

夜になるとお酒を飲みながら仕事のグチを聞かされ、苦痛を感じたこともありました。

もちろん、家族を食べさせるために必死に働いていた父には感謝していますが、楽しそうに見えたことはなかった。

ただ、そんな父親の様子は日常のことでしたので、働くこととは、ガマンすることなんだと子どもの頃の私は理解していました。

そして大人になった私は会社員として働くようになったものの、やっぱり仕事とはつらいもので、ガマンするものだと、何の疑いもせず何十年も働いてきました。


そんな私ですが、ある日から自分の障がいを受入れ、自己開示するようになり、生きづらさを抱えている人たちと出会ったことで、生かされてる意味をようやく知りました。

落ちこぼれでしかなかった自分にも存在意義があると思えた瞬間に出会えたのです。

くらしケアという仕事を通じて、過去の私が抱えていた生きづらさや体験が、生きづらさを抱えている人の役に立てることに気づいたのです。


自分のお役目に気づいたとき、私にとっての仕事が「志事」になりました。


私は生きづらさを抱えている人の力になりたい。

そして生きづらさを抱えている人のロールモデルになれたらとも考えています。

そうすれば、落ちこぼれの私でも、もっともっと誰かの役に立てる気がするからです。

そんなことを思い、日々働いています。



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子ども達の写真。たぶん2005年頃なので1歳かな。(わが家では本人とわかる家族の写真をネットにアップしないよう妻より要望されているため後ろ姿です。)
子どもたちには大人になることに夢や希望を持って欲しいですね。