年末年始は紅白や格付けなどいろんな番組で観れるので楽しみです。



自立を志した18歳の頃、X(エックス)というバンドを知りました。

X JAPANと云えばご存知かもしれないのですが、世界的に有名なバンドになりました。


当時、購読していたロック系雑誌にXが取り上げられるようになり知ったワケですが、まだデビューもしていないのに「音楽業界を変える!」など豪語するYOSHIKIさんに強い憧れを抱きました。




そして直感で「このバンドは凄いバンドになっていく」と思い、ファンになることを決めたのでした。


どうしてファンになったかというと「心のより処」が欲しかったから。


当時はとにかく将来が不安で仕方がなかった時期で、抗癌剤治療は終えたけど転移や再発が心配だったし、右脚が無くなった自分がどうすれば生きているのかと悩んでいたときでした。

生きていくための心の支えにするもの、頼りにするものが欲しかった時期に現れたのがYOSHIKIさんだったのです。


幼い頃から音楽が好きで、特にロックやメタルを好んで聴いていました。入院中などはメタリカやイングヴェイマルムスティーン、ラットやWASPといったLAメタルなどを聴いていましたし、日本のラウドネスもよく聴いていました。


そのなかでもXとYOSHIKIさんは特別な存在で、彼らが業界の常識をどんどん壊していく姿、とにかくまっすぐに突き進んでいく姿に感動と興奮を覚えました。

「不可能はない」「やってやれないことはない」という思いが自分の中に芽生えていったのは、間違いなくYOSHIKIさんの存在が大きかったです。

当時はメタル系バンドがテレビに出ること自体がタブー視された時代だったのですが、戦略的にバラエティ番組に出だし、そしてメジャーデビューし、ザ・ベストテンのようなヒットチャート番組にも登場するようになりました。






年末に開催される東京ドームでのライブは一年間頑張った自分へのご褒美となり、翌年へ向けた活力になっていたし、私が自立に向かう過程にはいつもそばにX JAPANの音楽があったのです。


だから解散が決まったときはかなり落ち込みましたし、翌年にギターのhideさんが亡くなったときは、ニュースが流れるテレビの前で泣き崩れ、家族が心配するほど落ち込みました。


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バカと云われるくらいYOSHIKIさんが好きなんです。 




天皇陛下即位10周年でピアノを引く姿にも強い勇気を貰いました。

だってね、「色モノバンド」と揶揄され、音楽シーンからバカにされていたバンドのリーダーが天皇陛下の前でオリジナル曲を演奏するんだから。

落ちこぼれの私には夢と希望でしかありません。




またいろいろ思い出して涙が流れてます。

やっぱり私はバカですね。


当時18歳の私は、彼らの活躍を見たいから転移や再発などしてる場合じゃないし、絶対に死にたくないし、生きることに前向きになろうと思えたのでした。

大げさでもなんでもなく、本当に。





WE ARE X がブルーレイとDVDで発売されましたが、また楽しみが増えました。

生きづらさを抱えてたり、生きることに悩んでいるなら、きっと何かが得られるドキュメンタリー映画じゃないかな、と思います。


【追記】記事中にいくつかの動画を挟んでいますが、スマホだと見れないようです。PCならご覧いただけます。


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