何のために働くのか

これはヒューマンライブラリーでお話させていただいたテーマ。

今日のブログではこのテーマがどんな話だったかを少しだけ書いてみたいと思います。


答えを少しだけ先に書けば「自分の強みを活かして人の役に立つため」です。

中途障害者としての体験をベースに社会の役に立てることができたらと考えて起業、岐阜の街を舞台に仲間と共に実践しています。


私は起業する前まで、自分の障害はマイナスであり極力隠すものだと考えていました。そう思うようになったのは、障害者になった直後に見ず知らずの人から憂いの言葉を掛けられたり、同世代の若者から蔑むような視線を向けられることがたびたびあったから。

それまではごく普通の健常者として過ごしたいただけに10代の私には辛く厳しい現実でした。

そんな体験からか健常者に対する羨望、世の中に対する妬みや嫉みのような「負の感情」に支配されるようになりました。

そして、一応は自立を目指すために歩み出したものの、私自身の根本にある負の感情を抱いたまなので、常に誰かと比較して落ち込んだり、勝った負けたを考える、そんな思考になっていました。

また、ガンを患ったこともかなりネガティブに捉えていました。

病歴を話せば就職できないのでは?あるいは不当な扱いを受けるのではないかと思い、発病後5年を経過しても、ごく身近な人以外には一切、話しませんでした。

ふたたび健常者の世界へ戻るためには障害や病歴がマイナス要因になる。 

だから障害があるように見えないための努力をしたのでした。


具体的には、義足に見えない歩き方の追求。歩き方が自然に見えるよう徹底的に訓練したし、義足を付けているとはわからないよう、スボンを履いた状態での身体のラインが健常な脚と同じになるよう義足を加工しました。

このことは大腿義足ユーザーの方ならご理解いただけると思いますが、大腿義足の場合、義足の付け根と腰のラインに明らかな「段」が出来て、身体のラインに違和感が出来てしまいます。

私はこの段を最小限にする工夫をしました。

無い頭で考えた末に、健常者の世界で生きていくには健常者らしく振る舞うしか無いと本気で思いました。 

少なくとも当時の私はそう考えてたし、義足だと見られることは恥ずかしいことだと思っていたので、障害者だと気づかれることを極端に恐れていたのです。


起業した現在は、マイナスだと考えていた自分の障害や経験が実は強みになることに気づきました。

多くの人の前で体験を話す機会をいただいたことがきっかけでした。

もともと人前で話すことはかなりの苦手。会社員時代には部下の結婚式のスピーチを頼まれて大失敗した経験があるような男です。

セミナー講師として45分間、一生懸命に話させていただいたところ、涙を流しながら聞いてくれた方や、励まされたという声を聞いたときに気付かされたのでした。

「ひょっとしたら私の障害はマイナスでは無いのかもしれない」と思うに至ったのです。

以降は確かめるように様々な場所で少しづつ人に話をするようになり、この気付きは確信に変わりました。

そしてこんな自分でも誰かの役に立るんだということを実感するようになったのです。

つい「こんな自分なんて生きていても仕方がない」と言ってしまったり、「健常者に勝ちたいという曲がった気持ち」に染まっていた当時の私。

働く意味は生活のためで、労働はストレスの対価だと思いこんでいたときとは明らかに違う感情が芽生えたのです。


そして、もっと誰かの役に立ちたいといった思いが強くなりました。 

働くことは生活のためというのは事実ですし否定するつもりもありませんが、お金だけではない「働く意味」にようやく出会えたのです。

私の場合、障害者になったことは生きづらさのなかで生きることだと考えていましたが、いまは自分の強みを活かすことで、生きづらさを抱える人たちの役に立ち、そのことを通じて地域社会の障害に対する偏見を無くす事業につながっています。

どんな出会いや出来事にも意味があり、どんな人にも生まれてきた意味や存在理由がある。 

これは私の心の師匠がよくおっしゃる言葉ですが、私の弱みには意味があったのです。

人生は有限。私はもう若くないのでバリバリ働ける時間は限られていると思いますが、中年の起業家として、そして義足の起業家として、できるところまで頑張りたいと思います。


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右脚をなくした直後の写真。